私の考え①
パーキング猫達をお世話している方からメールを頂きました。

ここに取り上げるのなら全文掲載をとの事でした。
もちろん言われるまでも無く、そうさせて頂きます。

その前に、なぜ私が猫達を助けようと思ったか
その事を書かなければいけませんね


我が家にはぷちと言うワンコがいました
ぷちと散歩に出かけたある日、我が家の近所の作業小屋の中から子猫の鳴き声が・・
覗くと一匹の子猫が鳴いていました。
母猫が来るだろうと戸を閉め散歩に。
次の日も通りかかると鳴き声がしていて、覗くと入り口の引き戸のレールの所に
顔を埋め弱々しく鳴く昨日の子猫
近所の友達に聞くと「他の子猫は連れて行ったけど、その子は育児放棄でもう3日目」
両手にすくい上げた子猫はあまりにも小さく、その足で動物病院へと走りました。
生後2週間にはなってないとの事で、授乳から排泄の世話をし育て始めました。

経験もなく、動物病院に色々お聞きし、何か有ればすぐ受診
過保護のかーさんと呼ばれていました
我が家で飼うのは絶対反対と言われ、里親探しをしましたが
手放すことが出来ず、なぁなぁ状態で我が家の子に。

ずっと反対されていたので、私の仕事部屋から2ヶ月近く出すことが出来ず
でも、その間は、webカメラでネットの中のお友達たちに見せびらかす親バカ振りを発揮していました。

その子を私の不注意から死なせてしまいました
(蜜多、ごめんね。 かーさんとうとうお前に死という言葉を使ってしまった。
 いまでも生きていると、ずっと生きていると思っているのにね ごめんね)

その日、蜜多が吐きました
すぐに病院へ連れて行きレントゲンを撮りましたが何も映らず
風邪だろうとの診断でした
でもその日から蜜多の具合は悪くなり、ほとんど毎日病院へ
多い日は日に二度も
糸を食べていると分かったのはずいぶん日がたったころ
すぐに手術、腸を15cm切除しましたが、生還してくれました
退院し、家に帰った次の日くらいからしんどそうになり
食事をしないので毎日点滴
それでもだんだん衰弱、手術は成功だったのに何故?
造影剤を入れる事になり・・・
途中から流れないことが分かり、また、急遽手術
開腹すると、前回の手術で繫いだ腸のうち二ヶ所外れ、腹膜炎をおこしていました。
手術は成功したのですが、蜜多の体力が持ちませんでした。

蜜多が死んで10日後くらいに病院から電話
子猫が保護されて来ているので見に来ませんかとの事でした

見に行くと、目は涙目でグチャグチャ、鼻の周りはは鼻水でなのかまあるくハゲて、白い毛のところは汚れて薄茶色、もちろん蚤は多数
保護された人に聞けば、ここで見つからなければ、保健所に行くか外に出すとの事
蜜多に次いでこの子の命まで無くしたくない!
連れて帰り我が家の子になり、現在の無々


そして去年の9月にミャコちゃんを保護し、素敵な家族の元へ送り出すことが出来ました。

以前から気になっていたけれど、どうしてもとーさんの許可が下りず、手を出すことが出来なかったパーキング猫たち
とーさんのミャコちゃんへの接し方で、こりゃ事後承諾ならなんとかなるかも・・と
保護する決意を固めました

同じ町にお住まいのブロ友さんが捕獲器を買ってくれたのですが
なんとか懐かせてから捕獲したい。そのほうが猫たちにもストレスが無いのでは。
そして我が家では一匹ずつしか保護できないので、仲良くなる事が先決とフードを持って通い始めました。
そして、こーたんの保護へと繋がるのです


ここをクリックし②へお進みください
[PR]
Top▲ by muusantoufufu | 2010-06-14 01:07 | 里親様募集
"Sage Cat" Skin
by Animal Skin
<< すりすり | ページトップ | 私の考え② >>